VOL.047


 どこからともなく噂が耳にはいってくる。某夫人の浮気が発覚して、某氏は深く傷ついて酒びたりだとか、某嬢は理想に近い恋人を得て、近く結婚するとか、某さんは85才で天寿を全うしたとか、家にこもっていても、電話や手紙で知らせてくれる。
 時代遅れの私はいまだにeメールを使えないで、もっぱら電話か郵便を利用している。家では「化石の人」と呼ばれているが、ここまで来たら気にしない。
 年に1度か2度顔を合わせるN嬢とは20年来のつきあいだ。いやもっとになるかもしれない。
 はじめて会ったときは、なんてかわいらしい娘だろうと思ったが、その後彼女にしだいに逞しさを増して、近ごろは貫禄も出てきて、私など圧倒されるほどだ。
「そんな弱気のことをおっしゃってはだめじゃないですか」と私をたしなめたりする。これにはひとこともない。
 そのかわり自分を語るについても遠慮がない。いさぎよいといえばいさぎよいのだが、それで損しているところもあるはずだ。
「わたしは男運が悪いのよ」と彼女はぼやいたこともある。「つきあったひとがみんなカスばかりで」
「男が情けない存在になりたがったんだよ」と私は言った。「この私にしてからがそう思う」
それだけに、残んの香がのこる、少しトウはたったが、N嬢のような美女とホテルのラウンジでコーヒーをゆっくり味わえるのは嬉しい。
「いまはべつに結婚しなくてもいいのですね。」と彼女は笑いながら言った。「ひとりで暮らしているほうが気軽でしょう」
 世の中が変わりつつあるのは私も感じている。けっしてよいほうに変わっているわけではない。おおげさに言うと、暗いほうへ、暗いほうへと向かっているようだ。 
 N嬢が「カスばっかり」と洩らしたのもうなずけた。社長でも大臣でも女性にまかせられる時代で、私は女性の時代が来たと思っている。聡明なN嬢だって覚悟を決めて、立候補すれば、国会議員に当選するかもしれない。
 N嬢のような、はっきりものを言う女性に後援者がいれば、それも夢ではないだろう。私も彼女にかならず一票を投じるだろう。
「どうですか、いっそ政界に乗りだしてみたら」と私はけしかけた。彼女は私のような者でも知っているのだから、人脈もひろいことだろう。そういえば、この前に会ったときは、有名な議員の名刺を見せてくれた。ときどき呼ばれて会食しているという。
 N嬢の職業はコーディネーターというのだろうか。つまりなんでも屋。口八丁手八丁で相当に稼いでいるようだ。
 都心のマンションに住んでいて、電話するといつも秘書らしい女性が出てくる。まもなくN嬢のほうから電話がかかってくる。
 なんの用かといえば、40歳のお祝いのパーティをするから、それに出てスピーチをしてもらいたいとのことだ。祝辞は固辞して出席を承知した。
 発起人はわずか4人で、電話によると、小ぢんまりしたパーティで、そのかわりとびきりおいしい料理があるそうだ。会場は都内のプチホテルで、会費がばかに高い。
 彼女の誕生日を祝う会とあれば、貧乏人の私もよろこんで出たい。



常磐新平(ときわしんぺい)
昭和6年岩手県生まれ。早稲田大学文学部英文科卒業。
10年間の編集者生活を経て文筆活動に入る。ゲイ・タリーズ、アーウィン・ショーなどアメリカの現代文学やニュージャーナリズム作品を翻訳し、いち早く日本に紹介した。1987年に初めて書いた自伝的小説『遠いアメリカ』で第96回直木賞を受賞。洗練されたエッセイにも定評があり、マフィア研究家としても知られる。主な作品に『大人の流儀』『光る風』『風の姿』などがある。