ああ、不思議な国、ニッポン
筆者プロフィール VOL.O39

 古来、人類は目に見えぬ存在や自然の力、そのようなものに対して恐れたり、畏敬の念を抱いてきた。それは、人間が作り出した“カミ”という最も敬うべき実体のないものに近いものであり、原始的な宗教心というべきものであったはずで、二十一世紀の今日、科学が進んだ時代においても今だに何かにつけて「神だのみ」だの「仏にすがる」だのということを行っている。。


 およそ説明のつかないようなことを超常現象というのだが、目の前にある“物”に対しても人間は時には「手を合わせる」や「頭を垂れる」というような行為をする。。

 その場合のほとんどは“巨大”なものに対してや、珍、奇、妙、なものに対してのことが多い、巨大な山(富士山)巨木(神木)巨岩、そんなものがなぜか神に近いものとみなされているのである。これは何も日本にだけ限ったものではなく、全世界を見回しても数多くあるはずである。



 神に近いということは、人間の力では及ばないとてつもないものがあると、心のどこかで思いたいということなのかもしれない。そうでもしなければ“頭”だけで生きている人類はどんどんつっぱしり、ブレーキを持たない巨人になり、やがては破滅するということをDNAのどこかで感じているのだろう。


 巨岩とうわれる石は全国各地の山や里や海に多数ある。近寄れば見上げる程もあり、その姿や型にもいろいろなものがある。古代から、その岩に注連縄を張ったり、岩場が祭祀場だったり、御神木だったりといろいろではあるが、少なくとも“神”かそれに近いものとして崇めてきたことはたしかである。


 人間の頭脳でも能力でも技術でも及ばぬもがある。この科学の力、人間の力で出来ないはずがないと思い込んでいる現代人に対しての大いなる啓示なのであろう。神が宿るかただの岩か、それは見る人の心の中にある。


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協力・中村福助
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