ああ、不思議な国、ニッポン
筆者プロフィール VOL.O26

すしはいったいいつの時代からこの世に出現したのか、中国の三国時代(ニニ〇〜ニ六五)の自書に、鮨の字がみられるということは、その時代にはすしというものが出来たのではと思われる。

しかし現代のすしとは多少違っていて豚肉の塩から、魚の塩からを鮨ということだったらしい。

つまり魚や豚肉を使った保存食品であったということらしい。


さて、それではいったい日本での「すし」はいつの頃から食べられていたのだろうか。

日本でのすしが文字として現れるのは八世紀のはじめといわれ、養老律令の中に鮨の文字が表れている。
その後いろいろな書物の中にすしという文字が使われている。

滋賀県の琵琶湖岸一円にフナずしなるものがある。おそらく千年以上の昔から伝えられた製法によって作られている熟れずしである。

熟れずしとは、魚の腹に飯をつめ重石で圧したすしであり、フナずし以外にも日本各地で今でも作られている。



熟れずしから、飲ずしと呼ばれるすしが誕生した。今日のサバの棒ずし、小鯛の雀ずしや鮎ずしのようにすし飯の部分が増えたのでコケラ(柿)ずしと呼ばれ、やがて飯を箱に詰めてその上に具を置いた箱ずしが出来た。



江戸でも当初は柿ずし、箱ずし、稲荷ずしが店や行商で売られていた。いったい江戸前のすしと呼ばれる握りずしはいつの頃からのものなのか、この歴史はまだそれ程昔のものではない。

延宝年間(一六七三〜一六八一)に松本某なる医者がすしを考案したとされている。
それ以外にも色んな説があるが、ともあれその頃から現代風の握りずしが売られたといってもいいのだろう。


ともあれ、握りずしが誕生し、江戸のすし屋のほとんどが握りずしに転向したようである。
考案されて四、五十年の間に人気の食べ物になったすしは、高級なものになったが、今また回転ずしなどで庶民のものになりつつあるというのも面白い。

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