VOL.OO1

この奇妙で変てこりんで、訳の判らん・にっぽん・という国の文化を考える時、ドキドキ、ワクワク、楽しい、嬉しい、面白い。

そうさせる何かがこの国の文化の底にはある。

20代の中頃から30代いっぱいまで、作家で釣師の開高健氏と、アマゾン、アラスカ、カナダ、中国、モンゴルなど、辺境の地を取材した。

無いといったら何も無いような大河や草原や奥地を旅すると、いったい自分はなに人なのか、どこにいて、何をやっているのかさえ判らないような状態になってしまっている時があった。

戻るべき国はどこなのかという気持になってしまうこともあった。
日本にいたらいたで、ああ嫌だ、早く旅に出たいと思う。結局は外国人にもなれず、かといって日本人でもなさそうな、そんな変な人間が出来上がってしまいそうであった。

ただ、外国で日本を考えるという距離があったおかげで、この国を冷静に考えることが出来たということは幸いであった。

40才から10数年、今や私のほとんどは日本という国の文化を撮っている。
大陸から海から漂着したありとあらゆる異国の文化を取り込み、変質させ、変化させ、熟成させて、独自の日本文化を花開かせた日本という国、日本人とはいったい何なのか、何だったのかを、知りたい、知りたい。

そう思って、その答を尋ねての旅はまだまだ続きそうだ。あああれを撮らなきゃ、これも撮っておきたい、そう考えていると頭の中はグリグリしてきて、どうするどうする状態になってしまう。
多分、これはいいことなのだろう。

やれ金だ出世だという次元とは全く関係のない所で生きているのも悪くない。

不思議の国・にっぽん・を尋ねての旅はまだまだ当分は続きそうである。いやはや遠くて長い道を選んでしまったものである。

でも、こんな大きなテーマを撮り続けようとすることで、まだしばらくは楽しめそうだし、まだまだ生きていけそうな気がしている。