クロアチアの首都ザグレブからウィーン行きの国際列車に乗車した。国境でスロヴェニア入国のパスポート・チェックを受けて、首都リュブリャーナまで3時間もかからない。新宿からなら中央線の特急列車で甲府あたりまでといったくらいの感覚だ。

 目的地はブレッド湖。「アルプスの瞳」とも「アルプスの真珠」とも称される緑に囲まれた美しい湖だ。周囲6キロほどの小さな湖面に聖マリア教会の立つブレッド島が浮かんでいる。この小島を瞳や真珠に見立てているわけだ。このブレッド湖もしくはさらに山間に分け入った秘境ボヒニ湖で鱒を釣ろうという算段である。

 リュブリャーナ駅前の乗り場からブレッド湖行きのバスに乗ると、およそ1時間半で湖畔に到着。あたりをぶらついて手近なホテルに空き部屋を確認し、荷物を預けたあと、早速湖畔のインフォメーションに向かう。釣りの情報を得るためと、釣りのライセンスをどこで求めることができるかを尋ねるためだ。じつはリュブリャーナでバスに乗り換える前に市の中心部まで行き、やはりインフォメーションを訪れて同じことを聞いたのだが、近くにフィッシング・アソシエーションがあるからそこに行けというばかりで、なかなか要領を得ない。教えてくれたあたりを探したのだが、バスの出発時刻が迫り、けっきょく訪ね当てることができなかったのだ。

 しかしブレッド湖のインフォメーションでも同じことだった。たまたま釣りに詳しい係員がいれば、なんでも聞けただろうが、そのときにデスクにいた若い女の子は釣りをしたこともないし、魚のことはなにも知らないようだった。もちろん湖に生息する魚の種類も、ましてや釣り方も知らない。

 ところが釣りのライセンスはどこで買えるかと聞くと、待ってましたとばかりにテーブルから二つ折りのカードサイズのパーミッションを取り出して、こことここにサインをして日付を入れなさい、値段は1日あたり幾らよ、とよどみなく言ってニコリと笑う。なんのことはない、釣り方の制限や許可される捕獲尾数まで、すべてそのパーミッションに記載されているのだった。

 なんだかいとも簡単に、翌日と翌々日のぶんのパーミッションを、日本に比べてかなり割高な料金を支払って手に入れることができてしまった。日本では事前に情報をまったく仕入れることができなかったので、現地であたってみるしかなかったが、こうしたことはどのガイドブックにも載っていないので、ある意味想定内のことではあった。現地でガイドを頼めばもっとスムースに事は運ぶだろうが、旅の醍醐味は半減してしまう。


 スロヴェニアは20世紀初頭まで、およそ5世紀の長きにわたってハプスブルク家の支配下に置かれていた。民族独立の機運は幾度も高まったものの、けっきょくオーストリア=ハンガリー帝国の崩壊によって、1918年に「セルビア人・クロアチア人・スロヴェニア人王国」が誕生するまで国家というものに無縁であったが、それもやがてナチス・ドイツの占領に取って代わり、戦後はチトー大統領率いるユーゴスラヴィア連邦を形成する一共和国として、社会主義体制に組み込まれてしまうという歴史をたどってきた。

 しかし西をイタリア、北をオーストリアという西側に国境を接している関係もあって、チトー没後の混乱に続く東欧革命のさなか、1991年にいち早く独立を宣言し、ようやくにしてスロヴェニア共和国が誕生したのであった。そういう意味ではまだ17歳、旧ユーゴを形成した他の国に先駆けてEU加盟も果たした若々しい活気あふれる国なのだ。

 朝から冷たく暗い雨だ。季節は秋の入り口、中欧有数のリゾート地、ヨーロッパの貴族やチトー大統領の別荘もあったブレッド湖はしっとりした霧につつまれてしまった。

 雨具をまとってそれでも釣り竿を片手に湖畔を行く釣り人は、なんだか苦行僧のようでもある。背負いきれない哀しみを頭陀袋にしまい込んで、ぬかるんだ湖畔の道をぽつぽつとたどるのだ。

 毛針を沖へキャストして魚を待つ。引いて誘う。沈めて引く。何をしても魚の気配はない。集団で出かけてしまった空っぽの湖を相手にしているように、目的の川鱒もブラウン鱒もあらわれない。

おまけに傷んだ竿の継ぎ手が壊れてついにバラバラになってしまった。竿がなくては始まらない。これにて釣りは終了。翌日も雨で、さらに奥のボヒニ湖にも行けなくなった。


 目的の鱒は釣れず、彩りのユリアン・アルプスの紅葉も見えずじまいの旅だったが、こんな旅もある。また来なくてはならないな。リュブリャーナへ帰るバスの車中で、僕は笑い出したいほど明るい感傷に浸っていた。


文・写真撮影 門井菊二
1954年埼玉県生まれ。出版社において雑誌・書籍の編集職を経て、現在フリーランスで文学、歴史、芸術、ほかノンフィクション関連分野の書籍編集に携わる。
山岳、渓流、里山、海外辺境などの分野では写真およびビデオ撮影を継続中。
また主にユーラシア各地の民族楽器を蒐集、演奏し、最近はアイルランド伝統音楽の演奏に取り組んでいる。