今回の旅の出発は羽田空港。まずは関西空港へ向かい、エミレーツ便でドバイ乗り継ぎ、ヨルダンの首都アンマンへ。
 エミレーツの乗務員さん達のお顔立ちをチラチラ拝見していると、本当にいろいろなお国の方々だとよくわかる。
 旅の始まりは「出エジプト記」 約束の地を目指したモーゼ終焉の地とされるネボ山。
モーゼの記念碑やビザンチン時代に建てられたモーゼ記念教会がある。
かすんでよく見えないがエルサレムの方角を見る。
モーゼもこうして眺めたのだろうか。
 山を下りたマダバの街。ギリシャ正教の聖ジョージ教会には、6世紀のパレスチナの地図が床モザイクで残っている。

 城壁で囲まれたエルサレムはひときわ大きく扱われており、その中心が聖墳墓教会。ヨルダン川から死海に入り、あわてて方向を変えて逃げ出す魚のデザインがユーモラスだ。
この街では今でもモザイクが作られており、土産物店に並んでいる。
 ヨルダンの旅のハイライト『薔薇色に輝くペトラ遺跡』 人が住み始めたのは、石器時代と聞いた。
 この遺跡は紀元前6世紀頃から定住し始めたナバティア人が築いた都。後にローマ、アラブの人々が住むが衰退し、1812年に探検家に確認されるまで忘れ去られていたのだとか。
 わくわく、ドキドキで遺跡の入り口にあるホテルを出発。
 このあたりはまだ序の口。いよいよシークと呼ばれる岩の裂け目道へ。水路の跡、ローマ時代の石畳、覆い被さる岩を眺めながらずんずんと進む。
 ローカルガイドさんが、直前で「はい、下を向いて、ここからは後ろ向きに歩いて、さぁ、振り返って!」と演出してくれる。ぱっと視界が開け、一斉に歓声が上がる。「インディアナ・ジョーンズ最後の聖戦」の舞台「エル・カズネ」
 残念ながら中には何もないのだが、陽を受け輝く遺跡の大きさと美しさ、空の青さ!
 ここまで歩いて「疲れた」なんて言ってはいられない。まだまだ、山の上の修道院跡「エド・ディル」を目指す。

 途中、記念の砂絵ボトルをじっくりと選ぶ。縞模様の砂岩を削り色鮮やかな砂にして、ボトルの中に器用にラクダや風景を描いてゆく。その鮮やかな手つきに感心。希望すれば名前も入れてくれる。
 幅の狭い山道を、勢いよくロバが往復する。思わず「ロバは崖側を」とお願いするのだが、日本語が通じない!
 すれ違う観光客同士は「上まで頑張って」とか「あと○分くらいですよ」「あぁ、そりゃ頑張ろう」などと声を掛け合う。なかなかいい感じ。
 苦労して登った山、見事な遺跡と展望台からの眺めに、帰りは急な下り坂という事実をしばし忘れる。
 一日中徒歩での観光。同じ道でホテルに戻る。午後のエル・カズネは光の向きが変わり、砂岩の色。午前中の美しさを改めて心の中で再現する。

 翌日は、海抜約マイナス400メートルの死海へ。季節は冬だが、蒸しっとする。
旅のお仲間と「浮かなかったらどうしよう」などと冗談を言い合っていたが、ここでは「浮くな」というのがムリ。泳ぐ事は禁じられているので、「浮く」か「つかる」か。ちょっとだけ舐めてみたが、とても表現できない『恐ろしい味』だった…
 首都アンマンへ。考古学博物館にある「死海文書」を楽しみにしていたのだが、大半が展覧会のため韓国に貸し出し中。う〜ん、仕方ない。
  紀元前2000年にはアンモン人の都として栄えていたという古い都市。ヘラクレス神殿、ローマ劇場、一箇所からいろいろなものが見える。
 夜、ダウンタウンへ。活気のある市場やライトアップされたローマ時代の列柱を見て歩く。
 市場で写真を撮ると、お店の人は「もっと店の中で撮れば」と招き入れてくれる。本当に素朴で人なつこい人達だった。
 ジェラシュのローマ遺跡を訪れ、ヨルダンとさようなら。この遺跡のすぐ脇を幹線道路が通っており、壮大華麗な古代遺跡と近代的市街地が接している面白い風景だ。
  シリアに入国。中東で最大規模、そして最も美しい姿のまま残っているとされるボスラのローマ劇場。
 シリアに入国したとたん、旧宗主国の影響で文化財の説明やホテル内の案内にフランス語が登場する。が、フランス語が通じる気配がみじんもない。なんとも不思議な雰囲気。
 そしてもうひとつ携帯電話。世界中どこでも聞く、あのノキアの三拍子の着信メロディではなく、シリアではどうもオリジナルの着メロが流行っているようだ。クリスマスメロディも聞こえた。私達のグループのローカルガイド氏は「えっ、アザーン?」とも聞こえるメロディに設定していて、大音響で何度も鳴らしていた。

 アンチ・レバノン山脈の渓谷にあるマルーラ村に立ち寄る。雪が残っている。
閉ざされた地形のため、迫害を逃れたキリスト教徒が独自の文化を残しているのだとか。聖サルキス教会で、キリストも話していたとされるアラム語でお祈りをしていただくという、貴重な経験ができた。

 十字軍の騎士団が丘の上の城を要塞化したクラック・デ・シュバリエ。難攻不落の城だったがイスラム軍勢に奪還され、改築される。建造物だけで内部に残るものはないのだが、見て歩いて回るのは面白かった。
 いよいよシリアの旅のクライマックス『砂漠の花嫁・パルミラ遺跡』へ。
 夕方着だったので、まず遺跡全景を眺められるアラブ城へ。遺跡の大きさを実感し、砂漠に沈む夕陽を見る。
 翌日、この広い広い遺跡を一部バス移動、あとは歩いて見学。パルミラの名は、オアシスに茂るナツメヤシに由来している。オアシスの交易都市として栄え、2世紀頃、最盛期を迎える。なかでもゼノビア女王の治世で頂点に達し、この繁栄を恐れたローマ皇帝アウレリアヌスに攻め落とされる。
 私達のグループは一番乗りだったので、鍵を開ける管理人さんがバスに同乗。
 あとはどうぞ、写真をご覧下さい、機会があれば是非
現地を訪れてご堪能下さい…
 どこまでも空が青くて広くて… 遺跡の石の色が美しくて…

 すっかりパルミラ遺跡にノックアウトされ、いよいよ旅の最後、シリアの首都ダマスカスへ。世界最古6000年の歴史を持つ都。
 アダムとイブの息子、カインとアベルの物語。兄カインが弟アベルを殺してしまう人類最初の殺人事件現場カシオン山。夜は街のライトアップがきれいに見えるので賑わっていた。
 ダマスカスの街の中は見所がたくさん。頭の中で歴史の復習をしながら巡る。
 エルサレムを十字軍から奪い返したアラブの英雄 サラディーン。今は市内サラディーン廟に眠る。
 このサラディーン廟とウマイヤド・モスクに入るため、異教徒の女性はフード付きの茶色い上着を着なくてはならない。みんな揃って茶色のネズミ男状態。
 靴も脱いでウマイヤド・モスクへ。古代神殿のなごり、ジュピター神殿のなごり、キリスト教会のなごり、今はモスク。もう何でもあり。
 ヘロデ王の前で踊ったサロメが、褒美に所望した洗礼者ヨハネの首。その首塚もある。イスラム教では洗礼者ヨハネは預言者の1人なので、多くの人がお参りしている。私の頭の中は、もはやグル・グル〜。
 賑やかなスークを抜け、聖書の世界へ。キリスト教迫害者だったサウロが、
失明し洗礼を受け、改宗して聖パウロになるきっかけとなる聖アナニアス教会。
 その教会がある通りが「まっすぐな道」 残念ながら道路工事花盛りで、「まっすぐ」なことを確認しようと振り返ると工事重機しか見えない。
 そして最後は、改宗したパウロがキリスト教徒の報復から逃れるため、かごに隠れて城外に出たという教会の門。その後、パウロの布教の旅により、キリスト教が広まってゆく出発点。
 この地域は、いつも政治的に不安定な印象が拭えない。どうせなら遠くまで旅したついでにレバノンを訪れたいところだが、今は叶わない。例によって友人達からは「またまた危ないところが好きねぇ」とあきれられるが、「危ない」ところにパッケージツアーは出ない。今回訪れた2つの国は、アラブ諸国・非アラブ諸国とのバランスをうまく保っている状態にある。宗教的にも、イスラム一色かと思うと決してそうではなく、正教徒もいるし、「聖書に出てくる○○」がたくさん残っている。
 聖書をじっくり読んで…という根気がなかったので、阿刀田 高さんの著作でざっと済ませてしまったが、それでも「そうか、これがあそこの!」と充分お得気分になれた。
 機会があれば、是非イスラエルに行ってみたくなった。
ヨルダンのローカルガイド氏と 

文:茂木 雪