▼バックナンバーを見る▼
VOL.054「変貌し続ける都 北京」
VOL.053「スロヴェニア共和国 ユリアン・アルプスの山麓湖へ鱒を釣りに行く」
VOL.052「もっと気軽にクルーズ旅行」
VOL.051「遺跡巡り・聖書の舞台・そして…プカプカ」
VOL.050「多様な文化が織りなすモザイクの島シチリア」
VOL.049「日本人書家の北京6日間」
VOL.048「世界遺産の旅 ライン河クルーズ」part2
VOL.048「南ドイツ9日間の旅」
VOL.047「ロシア 二都の旅 vol.2」
VOL.046「ロシア 二都の旅 vol.1」
VOL.045「コーカサス三国紀行 vol.3」
VOL.044「コーカサス三国紀行 vol.2」
VOL.043「コーカサス三国紀行 vol.1」
VOL.042「クルーズの魅力 レポート」
VOL.041「聖書と神話の国 イスラエル記」
VOL.040「大陸最西端の穏やかな国、ポルトガル」
VOL.039「モロッコ アトラス山脈を越えて」
VOL.038「反面教師としてのビルマ式社会主義と民主化」
VOL.037「蝶になった悲恋の中国人」
VOL.036「グルメ、シック、洗練された大人の国、ベルギー」
VOL.035「オランダ名画の旅」
VOL.034「大地への畏敬 ペルーの旅」
VOL.033「音楽と楽器を訪ねる旅:モンゴル」
VOL.032「太陽と海とサルサの国:カリブの真珠/キューバ(後編)」
VOL.031「太陽と海とサルサの国:カリブの真珠/キューバ(前編)」
VOL.030「ゆったりと時が流れるスリランカ」
VOL.029「アコースティックな音楽と楽器を訪ねる旅:チェコ共和国」
VOL.028「ピリ辛とパンダだけじゃない 中国四川省にビックリ、の旅」
VOL.027「アコースティックな音楽と楽器を訪ねる旅:ブータン王国」
VOL.026「カメラスケッチ:ブダペスト(後半)」
VOL.025「アコースティックな音楽と楽器を訪ねる旅:パキスタン」
VOL.024「遥か未知の国イラン」
VOL.023「旧ユーゴスラヴィア 感動の絶景 歴史遺産 紺碧のアドリア海の旅」
VOL.022「カメラスケッチ:ブダペスト(前半)」
VOL.021「イラン旅紀行」
VOL.020「カメラスケッチ:プラハ」
VOL.019「カメラスケッチ:ウィーン」
VOL.018「中世に花開いた芸術都市:ウィーン」
VOL.017「中世に花開いた芸術都市:プラハ」
VOL.016「スローでアコースティックな音楽を訪ねる旅:シリア・アラブ共和国」
VOL.015「スローでアコースティックな音楽を訪ねる旅:イランイスラム共和国」
VOL.014「スローでアコースティックな音楽を訪ねる旅:アルメニア共和国」
VOL.013「スローでアコースティックな音楽を訪ねる旅:新疆ウイグル地区」
VOL.012「スローでアコースティックな音楽を訪ねる旅:ウズベキスタン」
VOL.011「スローでアコースティックな音楽を訪ねる旅:ギリシア・トルコ」
VOL.010「バリへ帰りたい!〜秘密の居場所を探して〜」
VOL.009「密林のヴィラから眺めるボルドゥール」
VOL.008「宮殿に誘われてモロッコへ(後半)」
VOL.007「宮殿に誘われてモロッコへ(前半)」
VOL.006「ベトナムの避暑地ダラットへ(後半)」
VOL.005「ベトナムの避暑地ダラットへ(前半)」
VOL.004「イギリス:トラディショナルはエレガント」
VOL.003「イタリアトリノ:カフェ、バール、ジェラテリアめぐり」
VOL.002「クルーズ新しい旅のかたち」
VOL.001「不思議、謎のインカ帝国」
夏の旅は『暑くないところ』がいい。この国のまとわりつく湿気から逃れたい…
今回も北半球ならより北へ、そんな思いで目指すは♪雲流れるロシアの大地♪
モスクワは日中晴れれば気温30度くらいにはなると聞かされていた。朝晩は少し肌寒い。この旅程中、現地ガイドさんが「よくもまぁ」とあきれるほど雨に降られた。が、確かに晴れれば快適。一方、北緯60度のサンクトペテルブルグでは、連日30度を超えた。
やはり異常気象なのだろうか。
しかし、日本に比べれば、はるかに楽。
モスクワ・シェレメチェヴォ空港に到着。日本製テレビの巨大広告が出迎えてくれる。画面一杯に北野 武。もはやビートたけし ではなく、世界の北野監督。帰国後知ったのだが、氏がロシア語でテレビCMに登場しており、大人気なのだとか。
この日、「赤の広場」は閉鎖。
ガイドさん曰く「この国では良くあることで、理由は公表されない」とのこと。お馴染みの聖ワシーリー寺院は、まるでテーマパークの建物のようにカラフルだ。
クレムリンの塀の内側へ。彫刻の作業が始まったときに火事に遭い、消火用水で急冷され割れてしまった「鐘の皇帝」と一度も発砲されていない巨大な「大砲の皇帝」。3メートルしか砲弾が飛ばないと試算した人がいるらしく、「世界で最も平和な大砲」でもあるとか。『大きいことは良いことだ!』という古いCMソングを思い出してしまった。
「武器庫」の見学へ。武器庫といっても武器弾薬倉庫ではなく、武具の展示博物館。のみならず王家・貴族の宝石類、装飾品、生活用品など迫力ある収蔵品が多く、見応えがあった。さぞかしコルセットで締め上げたのでしょうね、というウエストの細いドレスと、太っていれば多産系、と尊ばれたとはいえド迫力、というドレスの対比が面白かった。
モスクワをはじめ、都市の交通渋滞はかなり深刻だ。大通りはもちろん、細い路地まで路上は両端が駐車スペースと化している。経済状態が好転し、外国産の乗用車を購入する人も増えたそうで、ますます車は増える、渋滞する… そういえばフィギュアスケートの日本選手も苦労していたっけ。
円を描くように古い都が点在する「黄金の環」へ。中世の面影を残す町並みや教会が美しい。
まずはセルギエフ・ポサートのトロイツェ・セルギエフ大修道院。
金色と青のコントラストが印象的だった。聖堂内のイコノスタスも見事。信者による聖歌も聴くことができた。スカーフを被った信仰心篤い女性達の声と重厚な男声の響きに、その場を立ち去り難かった。
トロイツキーとは三位一体、よく出てくるウスペンスキーは聖母昇天を意味する。
この修道院は、神学校出身のスターリンにより特別に宗教活動(毎日のミサを行う)を許可されていたそうだ。しかし、KGBにより厳しく監視され、若者の出入りはチェックされ、ブラックリストに載り…
小説の中だけではない歴史だった。
ウラジーミルでは黄金の門、ウスペンスキー大聖堂を見学。
スズダリの木造建築博物館では、メインの建物が修復中で残念だったが、見事な曲線の建物群を見ることができた。
次に訪れたのは、スパソ・エフフィミエフ修道院。
毎日1回、11時に鐘楼の鐘の演奏がある。多くの鐘をロープでつなぎ、両手両足を使って1人で演奏をするのだが、圧巻だった。
5分近く演奏していただろうか、終了後には観客から拍手!
とてもモダンなメロディで誰が作曲したのだろう、いつ・どのように練習したのだろうと考えると、
またまた立ち去り難かった。
ここスズダリでは、一般の農家を訪れ、家庭料理をいただいた。
ガーリックの利いたピクルスにナナカマド酒が美味しかった。この付近のナナカマドだけは食用になるのだそうだ。北海道から参加された方が、「日本に帰ったらさっそく研究して…」と場を盛り上げて下さった。
その他ロシアでいただいた美味しいものは、左から、お馴染みの壺焼き、ボルシチ(日本でイメージするどろっとした物ではない)、キエフ風チキンカツ(中にバターが入っている)。また、スメタナと呼ばれるサワークリームをたっぷりかけた、水餃子のようなペリメニもやみつきになる味だった。
旅程はいよいよサンクトペテルブルグへ。夜遅くの到着だったので、遠目に跳ね橋がライトアップされているのを見ることができた。ネヴァ川に架かる橋のいくつかは、夜になると船の航行のために跳ね上がる。バスの中で居眠りしなくて良かった…
半日かけて、市内の観光スポットを巡る。
あまりに大きくて画面に入りきらない聖イサク寺院。内部はウラル地方産出の孔雀石をはじめとする貴石や黄金でまばゆい装飾、内も外も荘厳で圧倒される。
残りの半日は、運河クルーズで視点を変えて街を眺める。ビーフ・ストロガノフで有名なストロガノフ邸や○○宮殿、☆☆宮殿、次から次へと橋をくぐりながら眺める時間は楽しかった。
夏のこの季節は結婚式シーズンなのだそうだ。どの街でも、新郎新婦御一行を見かけた。役所に届けを出し、リムジンで名所を巡りながら、記念撮影や乾杯を繰り返すとのことだった。みんな、お幸せに!
ロシアの喫煙率はかなり高いと感じた。街で「歩いていない」状態の人は、かなりの確率で喫煙中。くわえタバコの花嫁さんもいて、思わずいかがなものかと…
フィンランド湾を望むペトロドヴァレツに、噴水で有名なピョートル大帝の夏の離宮がある。
モーターを一切使っていない噴水の水しぶきと、海の青、金色に輝く宮殿、もう目が眩みそう。
噴水で水浴びを楽しむ子ども達。ランダムに飛び出す水に大歓声だが、実は、ベンチの後のおじさんが、足下のペダルで操作している。
知っているのかなぁ…
ピョートル大帝の娘、女帝エリザヴェータが建設し、母であるエカテリーナ1世にちなんで命名した宮殿は、ツァールスコエ・セローという村にある。1741年に建設が命じられ、1756年に完成。1762年に即位したエカテリーナ2世は、1791年に玉座の間で大黒屋光太夫に会っている。(ちょっと複雑)
館内では、床の保護のため靴の上にカバーをはく。2003年に復元された琥珀の間は、撮影禁止で残念。
第2次大戦で壊滅的な被害を受けた様子が、写真で展示されていた。破壊の様は衝撃的だ。よくここまで復元したものだと感動を覚えた。
そう、ロシアの歴史的建造物や美術品は、20世紀に、革命・世界大戦という大混乱を経験しているのだ。映画「ドクトル・ジバゴ」でも1917年の革命後の「なにもそこまで…」という場面がある。保存、復元に費やしたエネルギーには、素直に尊敬の念を捧げたい。
ロシアの人は、例えばお店の接客態度など無愛想で融通が利かない、というイメージが先行する。確かにそういう場面も無かったわけではないが、今どき、日本だって同じ。
本当はみんな、素朴で、面倒見が良くて、美味しいものが大好き。若い男の子はすらりと綺麗なのに、一定年齢になると、一様に肥大化してしまうようで残念。現大統領の体型が憧れの的、というニュースは大いにうなずける。女性達も、寒い寒い冬の間、「食べたぁい、でも痩せたぁい」という欲求と戦い続け、厚いコートを脱ぐ季節になると溜息をつくそうで、世界中どこでも同じ!
写真担当【と】は1980年、日本が参加ボイコットしたモスクワ五輪終了直後に、旧ソ連を周遊旅行している。今回、当時見学できなかったロシア正教聖堂や、修復の済んでいなかった宮殿等を見学でき、また、良くも悪くも変貌した街の様子を見聞し、感慨深いものがあったようだ。【ゆ】は、学生時代から一度訪れたいと願っていた希望が叶い、まばゆい『光るタマネギ』にノックアウトされた旅だった。
ん〜何か足りない、そう「エルミタージュ美術館」については別編で。
文:茂木 雪