イスラエルは激動の国である。ここ最近は旧ペルシャの後裔国のややこしい名前の大統領が、アメリカやイギリスにとってのトラブルの種をどっさり抱え込んで意気軒高なため、あの辺り唯一の親欧米国家イスラエルの情勢も猫の目のように変わる。それも「いい話と悪い話」の両方が猫の目のように変わるのではなく、「悪い話とより悪い話」が繰り返されるものだから大変である。

さて、空港での入国審査は問題なく通過。パスポートに問題があったりすると別室待遇というおまけもつくが、今回はそのようなお手間を取らすこともなく通過できた。




イスラエル一の経済都市で、街自体は20世紀から急速に発展した《ニュータウン》だが、すぐそばにあるヤッフォはユダヤ民族とともにあるといわれるほど古くからある古代都市であり、6000年前から続くという。
ヘブライ語で《春の丘》を意味するテル・アビブの正式名はテル・アビブ=ヤッフォ。《テル・アビブ/春の丘》はシオニズム国家を夢見たテオドール・ヘルツルの小説の名から取った名称である。

テル・アビブは建国の父とされる初代首相ダヴィッド・ベングリオンが国家樹立を宣言した都市で、我らがクライアントの本社があるビルの横の建物が、ベングリオンが樹立宣言を行った建物である。その当時は爆撃機が上空にあったという。

街中にはバウハウス建築のレストランや集合住宅、ブティックがある。若手で売り出し中のデザイナーのショップも多く、ファッション、ジュエリーなど、小さいながらも街の華やかさに一役買っている。

明るくて大規模なショッピングモールも幾つかあり、どこも仕事や学校帰りの人たちで賑わっている。

モールに入る際は機関銃を持った若者に荷物チェックをされるが、そのせいか中は安全である。

スリや置き引きは殆どないが、爆弾テロがうろうろしているというリスクがあるのも困りものだ。実際、テル・アビブでは二年ほど前に自爆テロが散発し、大変な被害を受けている。



地中に堆積している数々の歴史の層から沁み出す陽炎が、エルサレムの遠景をぼんやりと霞ませているように見える。悠然として言葉もない。
ところでイスラエルと言えばエルサレムである。ユダヤ教、イスラム教、キリスト教の聖地として知られる。聖書と神話の国の中枢であり、世界中で最も神秘的な町の一つである。
イスラエルの風景として有名な《嘆きの壁》はヘロデ神殿の西側の外壁の一部で、ユダヤ人は《西の壁》と呼んでいる。大勢の人間が嘆いているが敬虚な方々9割、ただの観光客1割といった具合である。
そこで私もキッパというユダヤ教の丸い帽子をレンタルして嘆いてみた。
ちなみに《嘆きの壁》は男女別となっており、女性は壁で隔てられた向こう側にある女性専用区に行く。男性用のほうがかなり広いらしいが、男性のほうが《嘆き》が多いからだと思われる。
こういうことは古今東西変わらないらしい。

《聖墳墓教会》はキリストが処刑されたゴルゴダの丘があった場所とされている。諸説あり、別の場所という話もあって確定ではないが、建ててしまったものは仕方がない。様々な教派の人の参列が引きもきらず、いつもどこかの誰かがミサなどの公祈祷を行っている。

そしてイスラエルで外せないのが《死海》。

海抜マイナス400メートルの地上で最低の地域にあり、岩砂漠の風景はまさに数千年前の聖書の世界。

山肌をゆっくり下降していくと、やがて眼前に信じられないくらい鮮やかな色の死海が現れる。

塩分濃度が極めて高いため太陽光線の強さや角度で色が変わる。薄い緑色から濃いエメラルドグリーンまであッという間に変化する。


対岸に見えるのはヨルダンである。死海はヨルダン渓谷の中にあり、ヨルダン渓谷は東アフリカを分断する大地溝帯の北端に当たる。死海は地球のダイナミックな造山運動の賜物なのである。

死海と言えば、何が何でも浮く、という図柄が非常に高名である。季節外れの低温と折からの強風のためにビーチに出ている人は稀。いたとしても水着どころかジャケットを着ている始末。
しかしながら、ここまで来て浮かないわけにはいかないので水着を着けて異様に冷たい海水に入ってみた。
すると、浮く。浮かないことは不可能である。ところが、浮くのはいいが体の制御が難しい。うかうかしていると海水が目に入ってくつろぐどころではなくなる。


イスラエルの人々は人なつっこく、とても親切な反面、なかなか人の話を聞かない。自分の主張ばかりを嵐のような口調でしゃべった後、結局結論が出ないままに終わることが多い。これがこの地域であれやこれが解決しない理由の一つかと思ってみたりする。

それにしても、また行ってみたい国である。