昨年からサルサに興味を持って、漠然とラテン音楽発祥の地
キューバに行きたいと想っていた。
想いは通じる。仕事(取材)でカリブ海のキューバへ。

エアカナダでトロント、1泊して翌日首都ハバナ。
(USと国交がないのでカナダかメキシコ経由)着いたその日から私はキューバに魅せられた。

キューバは不思議な国だ。
カリブ海の真珠といわれているほど澄み切った綺麗な海に囲まれ、明るい太陽と美しい自然や街並みのなかで音楽とダンスは食事と同じと言い切る、楽しむことが大好きな陽気なキューバの人々。

そして、ここは社会主義国なのだ。
国中に「チェ・ゲバラ」の肖像が飾られており、
カストロとゲバラ率いる革命軍がUSの傀儡政権を倒した1959年からカストロ政権が続いている。
ソ連を始め各社会主義国が軒並み崩壊するなか、USの経済封鎖も続き厳しい経済環境を耐えたとは思えないこの国と人々の明るさ、笑顔・・・。

1492年にコロンブスがキューバを発見した際に「地球でもっとも美しい島」と書き残しています。

<ハバナの旧市街>

キューバの首都ハバナは高層ビルが立ち並ぶビジネスの中心地、新市街と世界遺産に指定されている旧市街からなっている。

この旧市街が見事。
めちゃくちゃお洒落です。

バロック調の贅を尽くした建物の数々、スペインコロニアル風の町並みに‘50?’60年代のクラシックカーが走っている。

オープンエアのレストランやカフェでは、キューバ音楽(サルサやソン)のミュージシャンが演奏し、人々は踊ったりラム酒を飲んだり楽しく寛ぐ。

「ブエナビスタソシアルクラブ」みたいにご高齢のミュージシャンも、皆さんダンスも上手。

そしてハバナは要塞に守られた都市でもある。
モロ要塞、カバーニャ要塞、ブンタ要塞。
ハバナ港に通じる運河は様々な船が行き来する重要な拠点。

カリブといえば海賊。
パイレーツ・オブ・カリビアン。(ちなみにこの映画に主演したジョニー・デップはカリブの美しさに魅せられてカリブ海に浮かぶ小島を買った。)

海賊から守るために、必要な要塞。
ここからのハバナの街並みの眺めは感動です。
現在は内部は博物館になっている。

<へミングウェイの愛した国>

世界的な文豪ヘミングウェイはハバナを中心に20年間キューバに住んでいた。

彼が自分の邸宅を持つまでの間常宿としていた旧市街のホテル「アンボス・ムンドス」。

ヘミングウェイの写真やメッセージが飾られているロビーやクラシックなエレベーター、彼の部屋511号室がタイプライターをはじめ当時のまま保存されている。(誰がために鐘は鳴るなどを執筆)

小さな部屋であの大男のへミングェイにはちょっと狭かったんじゃないって感じです。
6階は旧市街を見渡せるレストラン&バーで凄く気持ちイイ。
もちろんバンドも入ってて海風を浴びながらダンス。

彼はこのホテルを根城にして、近所のレストラン
「ラ・ボデギータ」や「ラ・フロリディータ」へ日夜出没。

「ラ・ボデギータ」は壁中に貼られたここを訪れた世界中のセレブの写真とサインに圧倒される。

料理は伝統的なキューバ料理でお酒はミントを入れたハバナクラブのラム酒の「モヒート」が有名。

ここのバンドの音楽はイケテます。

「ラ・フロリディータ」はヘミングウェイの指定席に彼の彫像が置かれている。

彼が愛飲していた「パパダイキリ」
(砂糖抜きのフローズンダイキリ、もちろんハバナクラブ)が有名。

奥のレストランもパリの老舗のカフェ(カフェ・フロールやクーポール)のような雰囲気でお洒落。

ヘミングウェイも若いころパリに住んでいたので、この雰囲気が好きだったのでしょうか。

その後、彼はハバナから車で15分程の白亜の館に移り住む。
「フィアンカ・ビアンカ」です。

(現在は修復中。USのここのヘミングウェイの数々の遺品を
買い取りたいという要求に、キューバは断っているそう)

ここから彼は漁村「コヒマル」に通い老船長と釣りに行っていて、この老船長をモデルにして描かれたのが「老人と海」だ。

ここではカジキマグロ釣りの「ヘミングウェイカップ」が開催されている。カストロ議長も優勝したことがあるそうだ。

コヒマルにもヘミングウェイが通ったレストランが残されている。「ラ・テラサ」。

ヘミングウェイはキューバ革命直後、故郷USシカゴ近郊に戻り、自殺する。

彼はノーベル賞のメダルをキューバ人の心の故郷「コブレの聖母寺」(サンチャゴ・デ・クーバ近郊)に寄贈している。

<カリブ海の極上リゾート>

首都ハバナから車で2時間ほどに天国のようなリゾート地「バラデロ」がある。

真っ白な砂と見事に透き通った海、世界で一番きれいと言われている海が眼の前に拡がっている。

ここは、1930年頃からUSの大金持ちデュポンを初め、マフィアのアルカポネなど多くのUSの富裕層の別荘が建ち並んでいた。
1959年のキューバ革命で優雅な別荘ライフを満喫していたオーナーたちはこぞって自国マイアミに亡命してしまう。

そしてキューバ共和国のものになった全ての別荘は、現在、その贅を尽くした内部を見ることが出来るし、近年はヨーロッパ資本のリゾートホテルが相次いで建設されている。


カリブのリゾート、コロニアルな街並み、クラシックカー、サルサ、ヘミングウェイの足跡を訪ねたハバナと近郊。
次回はキューバの原点のローカル地方、さとうきび、カカオの産地、キューバ料理の故郷、革命の街、そしてとっておきのキューバのお土産をご紹介いたします。

キューバ大使館

http://embacuba.cubaminrex.cu/Default.aspx?alias=embacuba.cubaminrex.cu/japon


文/写真撮影:山崎百合子
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