| 実はこの旅の出発は、04年12月26日、スマトラ沖大地震が発生し、インド洋大津波がスリランカを襲った日である。私達は、機中だった。セイロン島は、北海道を一回り小さくした面積であり、遺跡は内陸にあるため、ほとんど影響なく旅程をこなした。ただ、最終日の予定、ビーチ・リゾートのヒッカドゥワとゴールの街は被災したため訪れることは叶わなかった。
宿泊したホテルの客室に必ずテレビがあるわけではなく、あっても視聴できるのは現地語の放送と、BBCだったため、私達には詳しいことは帰国するまでわからなかった。
コロンボ市内のホテルや公共施設は、すべて、帰国できない旅行者と、被災した人達に開放されたため、最終日の代替ホテルはぎりぎりまで決まらなかった。
しかし、旅行を続けるうちに、混乱は収まり、申し訳ないほど快適なホテルに宿泊できた。この頃になると、ホテルには、各国の報道クルーと赤十字関係者が宿泊していた。
スリランカは、敬虔な仏教国である。国中の軒先、大通りには、死者を悼む白い旗やリボンがあふれ、大晦日には、政府の方針で、アルコールを飲まない、販売もせず、として全土が喪に服した。
こんな中にあっても、人々は微笑みを絶やさず、観光バスを見れば、手を振ってくれた。
多くの方々が被災され、命を失い、未だ行方不明の方もいらっしゃるなか、快適な旅を続けられたことには、正直、胸が痛む。
皆様に、衷心からお見舞いとお悔やみを申し上げ、
一日も早く復興されることを、ここ日本からお祈り申し上げます。 |