共産政権のチェコスロバキアが東欧民主化の流れからビロード革命と呼ばれる市民運動による無血の体制転換で議会制民主主義・市場経済を導入し、やがて連邦国家を解消してチェコとスロバキアにそれぞれ分離独立したのは1993年のことだからそんなに古い話ではない。チェコ共和国がEU加盟を果たしたのはつい一昨年の5月のことだ。
チェコといえばボヘミアの大平原、ボヘミアングラス、百塔の町プラハ、うまいビール、スメタナの「我が祖国」、人形劇、カフカ、チャペック兄弟など瞬時に思い浮かべることができるだろう。「新世界より」のドヴォルジャークもチェコの人だ。

そんな旅人にとっては魅力一杯のチェコだが、なかでも中世からの建物がそのままに残る美しい町があると聞いては出かけないでいられない。1992年に世界遺産に登録されたチェスキークロムロフがその町である。

 
首都プラハを貫流するブルタヴァ川の上流、ちょうど巾着のように彎曲した川の流れの内側におとぎ話のような町が中世の雰囲気のままにたたずみ、外側の崖の上には町を見下ろすように貴族の城がそびえ立っている。

東京ドームひとつあればそっくりおさまってしまいそうなくらいこぢんまりした町である。

ぼくが訪れたのは秋の半ば過ぎころのこと、まだ観光客が一斉に去る前の、それでもバカンスのピーク時のように人波があふれることはなく、おだやかな澄んだ秋空を川面に写しはじめるいい季節だった。

流れではカヤックに興じる人たち、ルアーフィッシングでトラウトを狙う釣り人たち、石畳の通りをにぎやかに散策する団体客、土産物店をひやかす人たち、みなそれぞれに美しい町を愉しんでいる。

遅い昼食をとろうと適当な店を探していた時だった。黒い重そうなケースを肩から抱えて一軒のレストランに入って行く若い女性を遠くから見かけた。あっ、あれはアコーディオン。ぼくにはすぐわかった。たぶん間違いなくそうだろうと思った。

すぐ続いてそのレストランに飛び込み、ビールとソーセージを注文してひと休み。天井の高い立派な建物。小学校の教室ふたつ分ほどの重厚なホールのような空間がひろがっている。

先刻の女性は待つ間もなく、ホールの隅にしつらえてある一段高くなっている小さなステージにあがって、アコーディオンを抱えて澄んだ声で歌い始める。

ボヘミアの民謡らしき歌だ。三拍子のゆったりした歌。ちょっと速めの踊りの歌も。
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ステージを降りた女性にたずねる。
「その楽器が欲しいんだけれど、譲ってもらえるかな?」
 もちろんノーという答え。
「それならどこへ行けば買えるかな?」
「この町では無理ね、楽器屋さんがないもの。プラハに行けば買えるわ」
「プラハのどこへ行けばいい?」
「それは分からないわ。探してご覧なさい」
 チェコ語はまったく分からないので、お互いの外国語である英語で、それもかなりおぼつかない会話であったが、まあこんな内容のことを喋った。突然あらわれて楽器のことをたずねる日本人に、ちょっと戸惑ったようだったが、親切に教えてくれた。
せっかくプラハも訪れたので、今年生誕250年を迎えて記念のイヴェントが世界各地で大々的に催されているモーツアルトゆかりの、プラハ西郊にあるベルトラムカ荘のことも紹介しておきたい。
プラハの町と人をこよなく愛したモーツァルトはこの町の名を冠した交響曲も作っている。

後援者ドゥシェック夫妻が所有していた別邸、もともとはオペラの女歌手の邸だったこのベルトラムカ荘でふた夏を過し、「ドン・ジョバンニ」の序曲を作曲したとも、全曲を完成させたともいわれている。

現在はモーツァルト博物館となっていて、彼の弾いたフォルテピアノをはじめ当時の楽器や楽譜のレプリカが展示され、遺髪も見ることができる。

映画「アマデウス」は傑作だが、撮影場所は生まれ故郷のザルツブルグではなくここプラハで行われたという。


今回もご愛読ありがとうございました。
次回はセルビアの一絃琴グスレについての物語を予定しています。
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