空港を飛び立った英国製の中型ジェット旅客機は大きく旋回してカトマンズ盆地を離れ、次第に高度を上げながら東へ向かっていく。水平飛行になってほどなく左手に白銀の山々が姿を現す。世界最高峰エベレストをいただくヒマラヤ山脈が、まるで手につかめるほど近くに連なっている。
 ルクラからカトマンズに向かう双発のプロペラ機ツインオッターが、はるか下方を矢のように飛び去っていくのが見える。カンチェンジュンガ山群が中印国境の廊下のようなシッキムに落ちるのを見送ると、東ヒマラヤ山脈であるブータン・ヒマラヤが立ち上がって出迎えてくれるのはすぐだ。
 英国人パイロットが操縦する中型ジェット旅客機は、ブータン王国の空の玄関・パロ国際空港に向けて順調に飛行を続け、山間のわずかな平地に作られた滑走路に降下していく時に、いまにも尾根にぶつかりそうで肝を冷やしたものの、カトマンズを出発しておよそ3時間後に無事にランディングした。
 いわゆるチベット世界、チベット仏教圏とされる国・地域は、チベット本国に隣接する中国中央部、インド北部、ネパール北部、内外モンゴル、そしてブータンからなっている。いずれも気候風土の厳しいところだ。なかでもブータンはヒマラヤ山脈の東端に位置する小国であり、近代に至るまでほぼ鎖国政策を続けてきたこともあって、神秘な仏教王国として世界から隔絶した存在として知られていた。
 現在でももちろん敬虔な仏教徒の国であり、精神世界ばかりでなく日常生活でも仏教の規範が取り入れられており、さらに公の場では民族衣装であるゴ(男性)とキラ(女性)を着用することが義務付けられている国ではあるが、70年代半ばに観光の門戸を開いたのちも、ネパールのように無制限に観光客を受け入れることをせず、ゆっくりのんびりのブータン流を貫いている。
 それはワンチュク現国王が16歳という世界最年少の若さで戴冠した直後から提唱しているスローガンに端的にあらわれている。それは「GNP(Gross National Product=国民総生産)よりもGNH(Gross National Happiness=国民総幸福量)を」という国の基本方針だ。つまり経済的にどんどん発展して国全体で大いに稼ぎ盛大に消費しようということより、どれだけ国民全体が幸福になるかを追求していこうというものだ。
端的に言えば、ブータン国王は、金儲けより心の豊かさを優位に置くという哲学を提示し、実践しているというわけだ。こんな国が他にあるだろうか。
 照葉樹林文化という概念がある。ヒマラヤ中腹から東南アジア北部・南西中国・江南の山地を経て西日本に至る、照葉樹林地帯に共通する生活様式、文化要素から特色付けられる文化のことである。似たような自然風土、気候のもとで、同時発生的に生まれた文化。ネパールやブータンから中国雲南省、四川省から日本につづく幅広いベルトに、豆腐や納豆などの食物、織物、農産物の生産方式に至るまで、各地で微妙な差異を見せながらも根底に共通するもののことだ。さらに加えて南西シルクロードという伝播の道もあった。
 だからまずブータンを訪れて目にした風景にどこか日本的な懐かしさを感じたのかもしれない。でもそれはぼくが日本人だからで、ブータン人に言わせれば、日本の失われた風景は実にブータンらしいと言うだろう。
 礼儀についても考えさせられた。たとえば何か物を手渡す際、ぼくが多少は年上だったせいもあるだろうが、片手で軽く差し出すと、ガイドを勤めてくれたブータン人の青年は両手で押し頂くように受け取り、受け取った姿勢のまま二、三歩下がり、それからきびすをかえすのである。その青年ばかりではなく、みなが同じようにする。けっしてすぐさま尻を見せることをしない。ずっとあとになって日本で出会ったモンゴル人の青年も同じだった。
 日本でもかつては同じような光景が見られたように思う。ぼくの子供時代はそうだったように記憶する。日本人が経済成長と引き換えに置き忘れたもの、壊したもの、あるいは捨て去ったものをブータンで再発見して、反問とともに不思議な感動も覚えたのだった。
 ティンプーのある一日、ブータン各地の寺で年に一度盛大に開かれるツェチュという法要で披露される仮面舞踊と伝統舞踊のショーを見る機会があった。ツェチュで披露されるさまざまな踊りと、祭りの踊りをダイジェストしたツーリスト向けの演目である。
 そのなかでとくに興味を引かれたのが、角を持った動物の頭の仮面をつけて踊る舞いだ。
まるで日本の東北岩手を中心に伝承されている「鹿踊り」そのものではないか。ぼくは宮沢賢治の「鹿踊りのはじまり」という童話を思い出さずにはいられなかった。男女がペアになって掛け合いの歌を歌いながら踊るのもあった。まるで万葉集にもうたわれた歌垣の世界ではないか。
 ブータン王国の正式の名はドルック・ユル(Druk Yul)、雷龍の国という意味だ。国旗にも龍が描かれている。カトマンズに向かう帰りの便の機中からブータン・ヒマラヤを見返すと、標高7314メートルの名峰チョモラリの真っ白なピークが輝いて見えた(写真20)。その頂上に続く山並の稜線が巨大な龍の背中のように、一瞬ぐらりと揺れたのをぼくは見たような気がした。
 同時に「世界ぜんたいが幸福にならないうちは個人の幸福はあり得ない」という宮沢賢治の「農民芸術論」の一節も口をついて出た。

今回もご愛読ありがとうございました。
次回はチェコとチェコのアコーディオンについての物語を予定しています。
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