インドとパキスタンはカシミール地方の領有を争って二次にわたる紛争を続けており、現在も国境は確定されていない。東パキスタンは西パキスタンに政治実権を握られていたため、独立運動が盛んに行われるようになった。そこにインドが介入し1971年、第三次印パ紛争と呼ばれる全面戦争が勃発した。この戦争はインドの勝利に終わり、東パキスタンはバングラデシュとして独立を果たし、現在に至っている。 ぼくはこの西パキスタン、現在のパキスタン・イスラム共和国を二度訪ねた。いずれも北部、カラコルム山脈の懐にひろがるノーザン・エリアの最奥に位置する不老長寿の里、桃源郷フンザを訪れるのが第一目的の旅であった。
しかしハイウェイとは名ばかり、インダス川の渓谷の崖を切り開いて無理矢理通したような道なので、しょっちゅう崖崩れや落石で通行不能になるらしい。日本人観光客の乗ったマイクロバスがインダス川に転落し、何人も亡くなったのはまだつい前年のことだった。 結局天候不良で、ぼくはこのカラコルム・ハイウェイを最初の時も、二度目の時も、マイクロバスで2日半かけてフンザに向い、同じ時間かけてイスラマバードに帰って来ることになるのだが、そのおかげで飛行機でひょいと飛んでしまったら絶対に見ることのできない風景と、地元の人たちとの交歓が持てたのだから、お天気に感謝しなくてはならないかもしれない。
カラコルム・ハイウェイにはまさに断崖絶壁をすり抜けるように通るところもあれば、川からそれて砂礫帯を行く場所もあったりするが、たいがいは川と付かず離れず進んでいく。岩をくり抜いてトンネル状になっているところを通過する時などは、天井がぶつかりはしないかと思わず頭をかかえ、対向車とすれ違う時には、川に転落しやしまいかと冷や汗ものだ。 右写真:カラコルム・ハイウェイを走る満艦飾のトラック。見事な絵や装飾で自分の車を飾り立てる。パキスタンのトラック野郎である。
ベシャム、パッタン、ダスー、チラスと、ところどころにある小さな町や村を過ぎ、やがてインダス川を右手に見送るとギルギットは近い。町の手前で右手からフンザ川が合流する。この川沿いに上流に向かうと、車で約半日行程でフンザ地方である。 ギルギットはパキスタン・ノーザンエリアの中心地。いにしえの昔からのシルクロードの要衝地だ。この一帯には紀元前のアレキサンダー東征の時の兵士の末裔たちが住むという村もあり、いわゆる紅毛碧眼の人たちだという。実際、西へ山をひとつ隔てたスワート地方では、長い遠征に疲れたアレキサンダーの兵士たちや馬を一年ほど休ませたという史実もある。女たちに血を残したとしても不思議はない。