アラビア半島の大半を占めるサウジアラビアの北、ヨルダンを間に置いて位置する現在のシリアは、東にイラク、北にトルコ、南はヨルダン、西はレバノンと地中海に面し、そして南西部に日本の自衛隊がPKO派遣中のゴラン高原が接している。日本の半分ほどの面積におよそ1800万人の人口を抱える。
 1967年の第三次中東戦争でイスラエルが占領したゴラン高原は、全面返還を要求するシリアに対し、シリア軍のレバノンからの撤退を要求するイスラエルとの間で、和平交渉は中断したままだ。

日本の一般ニュースにはなかなか流れないが、2005年も、2月にイスラエルとパレスチナが停戦合意する一方、同じ月のレバノンのハリリ首相暗殺にシリアの関与がうわさされて国連による調査団が組まれたり、一時は米国からテロ支援国家として名指しされるような動きもあるなど、この国をめぐる政治状況は第二次世界大戦後、フランスの委任統治から独立したのちも流動的だ。いや、この半世紀以上というのではなく、ペルシアのあとアレキサンダーがこの地を席巻していった紀元前から2000年以上も、次から次へと支配者が変わり、激動の嵐は吹き続けていたのだろう。

しかし、ぼくが訪れたいと願ったのは、そんな国際情勢を見るためではなく、世界でも最古の都市である首都ダマスカスの現在のにぎわいを感じることであり、同じく北部の古代都市アレッポという不思議な響きに惹かれたからであり、シルクロードの中継都市として繁栄したパルミラの遺跡に立つことであり、そしてなによりも聖書の世界がそのままに残る大地を自らの足でたどるためだった。

ダマスカスには空路ローマから入った。まだ季節は真夏から抜けきれず、オリエントの真珠とたたえられる街もかたなしで、熱気に包まれていた。街の見どころは現存する世界最古のモスクであるウマイヤド・モスクがある一帯だ。8世紀に世界初のイスラム王朝であるウマイア朝によって建設されたモスクは実に壮麗な建築物だ。広大な長方形の中庭をモザイクで飾られた回廊が囲み、4本のミナレットが見下ろす。
 12世紀末、十字軍を破ってエルサレムを奪還したアラブの英雄サラディンの廟もモスクのすぐ近くにある。

ダマスカスから300キロばかり北上し、トルコ国境まであとわずかというところにアレッポの街は位置する。シリア第二の都市である。もともとはヒッタイトの神殿があったという、濠に囲まれた周囲2.5キロほどの、東京ドームが20個も入ろうかという広大な丘にシタデル(城)が築かれ、周囲に街が広がる。

シタデルの東一帯はスークと呼ばれる市場である。食料品から香辛料、貴金属、服、アクセサリーまで、生活用品を扱う商店がぎっしりと集まっている大バザールだ。どの曲がり角も似たような雰囲気で、気ままに歩いていると迷って抜けだせなくなりそう。



パルミラへはホムスという街から東の砂漠帯に向かっていく。ダマスカスから直線にして北東200キロ余、土色の砂漠を走るバスの彼方に、突然ナツメヤシの生い茂るオアシスが出現し、壮大なローマ遺跡が茫々と広がるのが見える。

町外れのホテルを夜明け前にタクシーで出て、遺跡の日の出を狙った。東の空がオレンジ色に輝き始め、上空の紺色に向かってきれいなグラデーションが刻々と変化する。そこに唐突に赤い日輪が、ナツメヤシのシルエット越しに姿を見せた。遺跡の石柱がそれをさえぎるように黒々と立つ。なにか大いなる意思にせかされるようにシャッターボタンを押す。
 パルミラはメソポタミアと地中海を結ぶ交易の中継点として栄え、3世紀の王女ゼノビアの時代に最盛を誇った。墳墓群のひとつから中国漢代の紙が発掘されたというから、すでにこの時代、ユーラシアの東西を通ずるルートが存在していたことになる。これ、すなわちシルクロードである。



さて、シリアの楽器と音楽の話である。だが、結果から言うとこの国で楽器らしい楽器を見ることはなかった。もちろん楽器を扱うところがないわけではないだろう。見つけられなかっただけのことだ。歌舞音曲も禁止されているわけではないだろうから、そういう場所へ行き着けなかっただけだろう。まだ現在のサダト大統領の父親が、30年近く社会主義的独裁を続けていた頃だから、そのせいもあったかも知れない。なにしろ街中のいたるところにハーフェズ・アサド大統領の肖像画がかけられていた(亡くなったのはぼくが訪れた2年後のことで、政権は次男のバッシャール・アル・アサド現大統領に移譲されている)。

だが、どうにもあきらめきれないぼくは、ダマスカスのスークのとある店でホコリをかぶったタンバリンを見つけた。細かい貝の破片を埋め込んで幾何学模様に装飾した象眼細工の見事なものだ。
 それと小さな陶製のダルブッカをひとつ(写真中央)。ちなみに、こうした花盃型の片面太鼓はアラブ・イスラム世界に共通する打楽器のひとつで、中近東の音楽には欠かせないものである。 今回も最後までご愛読ありがとうございました。次回はパキスタンを予定しています。
 
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文/写真撮影:門井菊二