カラヤン(指揮者)、ハチャトゥリアン(作曲家)、ミコヤン(政治家)パラジャーノフ(映画監督)、ゴーキー(画家)、アズナブール(シャンソン歌手)、ブラッサイ(写真家)、サローヤン(小説家)、カーコリアン(投資家)、カスパロフ(チェス選手)。まだほかにいくらでもあげられるが、これら著名人に共通する一つの項目があるが、それはいったいなんだろう。


ユーラシア大陸の中央部、カスピ海と黒海のあいだの地域は、コーカサス地方と呼ばれる。北に標高4000メートルを超えるコーカサス山脈をいただき、南に三つの国がある。グルジア共和国、アゼルバイジャン共和国、そして今回紹介するアルメニア共和国である。ソ連が崩壊するまではともに連邦の構成国であったが、さきに独立したバルト三国に続いて1991年に相次いで独立し、現在にいたっている。

アルメニア民族は紀元前からこの地に定住を始めるが、アレキサンダーの東征で帝国の版図に組み入れられたのに始まり、ペルシャ、ローマ、ビザンティン、アラブ、ロシアと、次々に列国列強の支配下に置かれた。そしてついに1915年から始まったオスマン‐トルコによるジェノサイド(民族虐殺)によって、アルメニア民族は離散を余儀なくされたのであった。

冒頭にあげた著名人はジェノサイドから世界に逃げ延びたその離散民族、つまりすべてアルメニア系の血筋を持つ人たちなのである。

それにしてもこの人たちを見ると、じつに芸術家が多い。ユダヤ人3人よりもアルメニア人1人のほうが商売がうまいという言い方があるそうだが、ビジネスとともに芸術分野に個性が秀でているのがこの民族の特徴であるらしい。




雅楽奏者の東儀秀樹さんは、わが国の伝統楽器を用いて他のジャンルのミュージシャンとのコラボレーションをしたりして独自の世界を築いているが、その東儀さんが主に演奏する篳篥(ひちりき=写真1)は、複簫(ダブルリード)の楽器の仲間に入る。つまりオーケストラの楽器でいえばオーボエやファゴットの仲間である。

オーボエのリードの幅はせいぜい6〜7ミリ程度だが、さらに幅の広いものはさほど多くはない。日本の篳篥や韓国のピリ、ウイグルではさらに本体の笛とリードが一体になったバラメイという元祖的な楽器がある。さらに西に行くとトルコのメイという楽器。そしてこれらの国をつなぐシルクロードのルートの一つの線上にあるのがアルメニアのドゥドック(duduk=写真2)である。


ドゥドックには3種類のサイズがあって、短いものから28センチ、33センチ、40センチ、これにそれぞれ9センチ、12センチ、14センチの着脱式のリードがつく。穴は表に9穴、裏に1穴。基本的にはダイアトニックつまり全音階で、半音は穴をずらして押さえることによって出すが、リコーダーのように早いパッセージを吹くのは難しいが、リード楽器なので楽器の大きさの割には大きい音が出る。音色は日本の篳篥より長さがあるので、甲高い感じではなく深みのある、懐かしいような音が出る。



日本からアルメニアへの直行便はなく、モスクワで乗り継いでいかなければならない。ぼくが訪れたのは98年の暮れのことだからもう7年前のことになる。アゼルバイジャンとのあいだのナゴルノカラバフ紛争は94年5月に停戦が合意されてはいたが、ぼくが訪れた翌年の10月には国会内で首相、国会議長を含む8名の要人が死亡する銃撃事件が発生するなど、国情は不安定な状態にあった。しかし旅行に問題があったわけではない。  
首都エレワンからは旧約聖書にあるノアの方舟が漂着したというアララット山が見えるはずであったが、残念ながらあいにくの曇り空で遠望することはできなかった。


郊外にあるアルメニア正教の総本山エチミアジンを訪問したり、なんと紀元前8世紀に築かれたという要塞都市遺跡エレブニ、殉教した聖女リプシマゆかりの美しい建築のリプシマ修道院などをたずねた。


アルメニアは国家としても民族としても、世界ではじめて公式にキリスト教を受容した国である。紀元301年のことだから、ちょうど4世紀が始まった年だ。  そのころに基礎が築かれたエレワン郊外ゲガルトの洞窟修道院は、早朝の静寂のなか、吸い込まれるような蒼窮の空に、独特の円い尖塔を朝日に輝かせている。

 

修道院全体の半分以上が崖の岩をくり抜いて作られ、人一人がやっと通れるような通路を辿って聖堂に入ると、聖母子のイコンが明かり取りのドームの隙間から差し込む一筋の光の筋に照らし出されていた。  

明るい庭に出て修道院の外観を撮影していると、遠くからぼくを呼ぶ声がする。エレワンに着いた時からガイドに、ドゥドックが欲しい、ぜひ一本買って帰りたいんだ、と何度も頼んでいたのだ。街で楽器店をさがす時間の余裕はなかった。



ちょうど修道院の門前に店を開いたばかりの土産物売りが広げるじゅうたんの上に一本だけドゥドックがあった。試しに吹いてみると、うまくは出せないがちゃんとリードは鳴らせる。素材は伝統的なアンズの木。即座に買い求めたのがいまぼくの手許にあるものだ。


残念ながら日本の気候にあわずに乾燥してリードが割れてしまい、いまは音が出せなくなってしまったままだが、 耳に残る寂とした響きと言うのにふさわしいドゥドックの音色は、思い返すたびにあのアルメニア高地の修道院の庭にぼくを連れていってくれるのだ。


次回はイランを予定しています。
夏休みにモンゴルを旅してきました。モンゴルの代表的な民族楽器は馬頭琴。現地ではモリンホールと呼ばれます。持っている馬頭琴の弦がやはり乾燥でだめになったままでしたので、弦だけ補充してきました。そんなモンゴルの旅の様子をブロクに紹介してありますので、ご興味のある方はのぞいてみてください。アドレスは、http://fuefukin.exblog.jp/ です。



文・写真撮影 門井菊二
1954年埼玉県生まれ。出版社において雑誌・書籍の編集職を経て、現在フリーランスで文学、歴史、芸術、ほかノンフィクション関連分野の書籍編集に携わる。
山岳、渓流、里山、海外辺境などの分野では写真およびビデオ撮影を継続中。
また主にユーラシア各地の民族楽器を蒐集、演奏し、最近はアイルランド伝統音楽の演奏に取り組んでいる。