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サマルカンドでサカタの友だちかと訊かれた
そのうちのひとつが今回紹介するウズベキスタンである。スタンとは土地とか地域、国を指す言葉で、ウズベキスタンとはウズベク人の国というとおり、トルコ系のウズベク人が国民の大多数を占める。
サマルカンドには、首都タシケントからウルゲンチ、ブハラを回って辿り着いた。青の都、イスラーム世界の宝石、東方の真珠など、この町に冠せられた異称は多い。ぼくはそれに「楽の都」という名前を付け加えたい。というのもこの町でぼくはさまざまな種類の楽器に出会ったからだ。
だからどこかの町で若い娘と恋をして住み着いてしまったかも知れない。そして新しい楽器を作り出したかも知れない。そんな想像をたくましくさせるたくさんの種類の楽器に加え、歌と踊りが生活の一部のようになっている国民性もこの国は持っている。
サマルカンドの中心部、レギスタン広場の裏手に土産物屋やカラフルな民族衣装などを売る小さな店がいくつも並んでいた。その中に間口2間ほどの楽器を並べる店を見つけた時は、思わず小躍りして喜んだ。 店に並んでいる楽器はそれほど多くはなかった。それでも壁にぶら下げられた楽器をひとつひとつ指差して確認するように、ギチャック、サーズ、セタール、ネイ、ダフ、ズルナ、とトルコの呼び方でお経のように唱えていくと、まだ若い店番の青年は驚いたように目を丸くした。
もともとウズベク語はトルコ語に近いのでたいがいの楽器の名前は共通しているのだ。ひとつふたつウズベクではこう言うと訂正されたが、ぼくがさらにセタールをとって人さし指の爪をピック代わりにしてシャラシャラと弾くと、われらの国の楽器をなんで弾けるのかとでもいうかのように、さらに目を丸くして、「あなたはミュージシャンだね。サカタの友だちかい」と唐突に訊いてきた。なに日本でギターを何年も弾いていれば、似たような楽器ならたいていそれらしく弾けるものだ。 「ちょっと前に日本人のサカタがこの町に来たんだよ。この店にも来たよ。レギスタン広場でサキソフォーンを吹いたんだ。サカタは日本でも一番のサキソフォーン・プレーヤーなんだろ?」 どうも日本のテレビ局が番組制作かなにかのため、サックス奏者の坂田明さんを連れてここに撮影に来たらしい。ライヴのようなこともしたらしい。
「もちろんさ、サカタはぼくの友だちだよ。ちょっと頭が禿げててさ、ここにヒゲを生やしてただろ?」そう言ってぼくが鼻の下を指で示すと、「そうだそうだ、そうだったよ。そうか、あなたはサカタの友だちだったんだ」とうれしそうに握手を求めてきた。 もちろんぼくは坂田さんのことをよく知っていた。ジャズサックスで長く活躍し、ミジンコ博士でもある坂田さんのことを。でも坂田さんはぼくのことを知らない。少しだけ正確に言えば、ジャズ・ボーカリストをしているぼくの古い友人の知人ではある。友だちの友だちは友だちではあるけれど。
つい軽いウソをついた後ろめたい気分のまま、その店でセタールを1台買い求めて、脇に抱えてレギスタン広場に戻り、タクシーをひろってホテルへ帰った。値段交渉をしたはずだが、サカタのおかげでまけてもらったということはなかったはずだ。ドルで支払ったか、現地の通貨で支払ったか、それすらもすっかり忘れてしまって定かではない。
もう時効だろうから正直に言ってしまおう。掌のガラスのかけらは、そこでぼくのズボンのポケットに入ってしまったものだ。はるばるペルシャからラクダの背に乗ってここまで運ばれてきたものかも知れない。婚礼の酒を満たした盃のかけらかも知れない。 掌を閉じると、シルクロードの悠久の時が凝縮されて指の隙間からこぼれ出るようだ。
次回はウイグル自治区を予定しています。
文・写真撮影 門井菊二 1954年埼玉県生まれ。出版社において雑誌・書籍の編集職を経て、現在フリーランスで文学、歴史、芸術、ほかノンフィクション関連分野の書籍編集に携わる。 山岳、渓流、里山、海外辺境などの分野では写真およびビデオ撮影を継続中。 また主にユーラシア各地の民族楽器を蒐集、演奏し、最近はアイルランド伝統音楽の演奏に取り組んでいる。