それはともかく、教科書でしか見たことのなかったパルテノン神殿を眼前にすると、それはそれは改めて仰天の存在だった。こんな壮大な石の建造物が2500年も前に建設され、それが21世紀の現在まで残り、首都の丘の上にその威容を誇っているさまは、なるほどヨーロッパの人たちが自分たちの文化の源流と意識し、憧れ、大勢が見物に来るわけだと、東洋から来たばかりのぼくは妙な感心もした。
しかし町中にはパルテノンばかりでなく、民主主義の発祥の地であるアゴラ跡や競技場、凱旋門など、歴史で慣れ親しんだ遺跡がずらりオンパレードで、きょろきょろと歩き回りながらカメラのシャッターを切る姿は、さながらアテネのおのぼりさん状態。
国会議事堂に面したシンタグマ広場近くで三脚を立てて撮影していると、どこからともなく背の高い男がやってきて、ワタシフネデデコーベ、オーサカ、ヨコハマイッタ、ニッポンジンダイスキヨ、マチヲガイドシテアゲマショウ、ソノアトトモダチノミセニビールノミニイキマセンカ、などとうるさくつきまとってくる。オナシスを生んだ海運王国ギリシアのことだから、船員あるいは元船員はたくさんいるだろうが、こんなやつは怪しい。適当にあしらっているうちにあきらめたのか、あるいは警官が通りかかるのを潮時と見たのか、いつのまにかいなくなった。
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