トリノのカフェでタイムスリップ!

スローフードの発祥地、イタリア、ピエモンテ州の州都トリノ…。
街に一歩足を踏み入れるなり、ぼくはただならぬ興奮をおぼえた。
(ここにはぼくの知らない何かがある…)
そう直感したぼくは、街の中心、サンカルロ広場にある老舗「カフェ・トリノ」 に入った。

小さな入り口は、まるでタイムトンネルのよう
に、すぐさまぼくを別世界へといざなった。

アールヌーヴォーの豪華絢爛な装飾、金を上品に
あしらったきらびやかなカウンターが奥まで続く。

客あしらいを知り尽くしたカメリエーレ(ウェイター)に
エスプレッソを注文して、すっかり貴族気分だ。



いまだかつて伝統の重みをこれほど感じさせるカフェに出会ったことがあっただろうか? 
1903年創業というから、もう100年以上の歴史がある。それが自然に継承されているところがなんともいえない。
ジェームス・スチュワートやブリジッ ト・バルドーなど、往年の映画俳優たちもよく通ったといわれている。

目の前に運ばれてきたエスプレッソも芸術的で口を付けるのがもったいない。
ジェームス・スチュワートを気取って、しばらくは香ばしい湯気を楽しもうか。
由緒正しい、古き良きカフェで味わうエスプレッソの味は、
見た目以上に格別だ った。

カメリエーレの慣れた身のこなしをながめながら、ゆっくりとすする。
時間もひときわ優雅に流れる。

トリノ…。
ここには他の観光都市とはひと味違うイタリアが隠されている。そのベールをはがしてやろうと、ぼくは席を立った。

裏通りのバールめぐり

夕食にはまだ少し早い時間帯。大通りをはずれたバーへ立ち寄り、
ビールを注文する。
冷えたグラス差し出しながら、店主がカウンターを示して何か言った。
見るとそこには、蒸し海老、フリッター、カナッペ、マリネ
などがずらりと並んでいる。



よく意味がわからずに、再度、店主の顔をのぞき込む。どうやら「つまんでくれ」と言っているようだ。
恐る恐る手を伸ばす。「もっととれよ」と店主があごでうながす。


ローマやミラノのバールでも、ピーナツやポテトチップなどがおいてあることがあるが、
ここまで豪勢なのは見たことがない。ひと通り盛ると、まるで一品料理だ。
これがすべて無料だというのだ。 ミラノから列車でわずか一時間ほどしか離れていないのに、トリノには外国人や観光客が極端に少ない。
観光要素がないわけではない。むしろ世界レベルの見所はたくさん集まっている。

街を歩けば、バロック建築家グアリーノ・グアリーニの幾何学建築や、威風堂々とそびえる
モーレ・アントネッリアーナ(トリノタワー)が目に飛び込んでくる。 カステロ広場のドゥオモには、なんとキリストの聖骸布が収められている。ワインの王様といわれる「バローロ」や、「マティーニ」のもととなった「マルティーニ」もこの地方の名産だ。


自動車メーカーのフィアット(Fabbrica Italiana Automobili Torino、
イタリアトリノ自動車工場の頭文字)の本社もある。
デルピエロ率いるユベントスだってトリノがホームだ。

これほどの話題を抱えていながら、トリノのイメージはフィレンツェやミラノと較べて薄い。ローマの以前のイタリアの首都がトリノに置かれていたことをどれだけのひとが知っているだろうか?
一見客だけでは商売が成り立たないので、バールもこんな豪勢なつまみで
常連客を引き付けようとしているらしい。調子に乗ってつまんでいると、
いつの間にかお腹はふくれてくる。


珍しい日本人客に、店主は特別に茹で立てのペンネまで出してくれた。観光都市では考えられない。
ビール1杯だけでは申し訳なく思いながらも、「もう2、3軒はしごしてやろう」と、ぼくは店を出た。

夕暮れどき、いつのまにか通りは人々でにぎわっている。
恋人たち、友だち同士、家族連れと組み合わせはさまざまだ。
これが「パッセジャータ(そぞろ歩き)」。
これといった目的地があるわけではなく、ただ好きな相手と会話を楽しむために歩く、イタリア流の粋なコニュニケーションだ。

トリノは、街の隅々にまでアーケードが張り巡らされていて、雨が降っても傘が要らない。街の中心をつらぬくローマ通りは、一流ブランド店が軒を列ねていて、きれいに飾られたディスプレイは目を楽しませてくれる。
まさにパッセジャータにはもってこいなのだ。


デザートの定番はやっぱりジェラート!

3軒のバールをはしごして、すっかり満足感にひたったぼくは、ガリバルディ通 りへでた。

歩行者専用のこの通りは、食事を終えたカップルや、ほろ酔いの若者で
遅くまでにぎわっている。
そんな彼らが一様に手にしているのがジェラートだ。
イタリアのデザートというと、ティラミス、パンナコッタなどが有名だが、
最も手軽な庶民のデザートといえば、なんといっても「ジェラート」だ。

季節に関係なく、ジェラテリアは一年じゅう繁盛している。
どの店もコーンを高く積み上げ、芸術センスを競い合っている。



ひとだかりに釣られて一軒の店をのぞきこむと、
種類も日本とはケタ違いに多くて目移りしてしまう。
そんな中から「ジャンドゥーヤ」を選んだ。
店の女の子は、細めのコーンにどんどんジェラートを
塗り固めていく。これ以上はとても盛れないほどに積み
上がったところで、「プレーゴ!」と笑顔で差し出す。
落としてしまうのではないかと受け取るときに緊張する。


「ジャンドゥーヤ」とはトリノ名物のチョコレートだ。

これはカカオにこの地方特産のヘーゼルナッツを練り込んだもので、
高価なカカオが少量で済むように混ぜたのがはじまりだとか…。

ジャンドゥーヤ味のジェラートが、トリノではいちばん人気があるそうだ。
チョコレートは、たいてい小さい三角屋根のかたちで、
金色の紙に丁寧に包まれている。



ジェラテリアには、地元協会からの「優良店」の認定証をかかげた店もあり、
これを目当てにすればはじめてでもハズレることはない。 次期冬季五輪の
開催を1年後にひかえたトリノは、活気にあふれている。「ジャンドゥーヤ」が
日本に知れ渡る日もそう遠くはないだろう。

コーンから溢れんばかりのジェラートを食べながら、ぼくはガリバルディ通りをさらに歩いた。
この街の魅力のベールを、半分だけはがした満足感にひたりながら…。



<喜多川リュウ>
20代の頃より、オーストラリア、北米、ヨーロッパを放浪する。 大卒後、旅行代理店、旅行手配会社現地駐在員、政府観光局広報担当官、欧州系 航空会社に勤務。現在は、クルーズ船のレポーターとして、7つの海を渡り歩いてい る。「海外パックツアーをVIP旅行に変える78の秘訣(実業之日本社)」好評発売中