アールヌーヴォーの豪華絢爛な装飾、金を上品に あしらったきらびやかなカウンターが奥まで続く。
客あしらいを知り尽くしたカメリエーレ(ウェイター)に エスプレッソを注文して、すっかり貴族気分だ。
カメリエーレの慣れた身のこなしをながめながら、ゆっくりとすする。 時間もひときわ優雅に流れる。
ローマやミラノのバールでも、ピーナツやポテトチップなどがおいてあることがあるが、 ここまで豪勢なのは見たことがない。ひと通り盛ると、まるで一品料理だ。 これがすべて無料だというのだ。 ミラノから列車でわずか一時間ほどしか離れていないのに、トリノには外国人や観光客が極端に少ない。 観光要素がないわけではない。むしろ世界レベルの見所はたくさん集まっている。
街を歩けば、バロック建築家グアリーノ・グアリーニの幾何学建築や、威風堂々とそびえる モーレ・アントネッリアーナ(トリノタワー)が目に飛び込んでくる。 カステロ広場のドゥオモには、なんとキリストの聖骸布が収められている。ワインの王様といわれる「バローロ」や、「マティーニ」のもととなった「マルティーニ」もこの地方の名産だ。
自動車メーカーのフィアット(Fabbrica Italiana Automobili Torino、 イタリアトリノ自動車工場の頭文字)の本社もある。 デルピエロ率いるユベントスだってトリノがホームだ。
これほどの話題を抱えていながら、トリノのイメージはフィレンツェやミラノと較べて薄い。ローマの以前のイタリアの首都がトリノに置かれていたことをどれだけのひとが知っているだろうか? 一見客だけでは商売が成り立たないので、バールもこんな豪勢なつまみで 常連客を引き付けようとしているらしい。調子に乗ってつまんでいると、 いつの間にかお腹はふくれてくる。
夕暮れどき、いつのまにか通りは人々でにぎわっている。 恋人たち、友だち同士、家族連れと組み合わせはさまざまだ。 これが「パッセジャータ(そぞろ歩き)」。 これといった目的地があるわけではなく、ただ好きな相手と会話を楽しむために歩く、イタリア流の粋なコニュニケーションだ。
トリノは、街の隅々にまでアーケードが張り巡らされていて、雨が降っても傘が要らない。街の中心をつらぬくローマ通りは、一流ブランド店が軒を列ねていて、きれいに飾られたディスプレイは目を楽しませてくれる。 まさにパッセジャータにはもってこいなのだ。
歩行者専用のこの通りは、食事を終えたカップルや、ほろ酔いの若者で 遅くまでにぎわっている。 そんな彼らが一様に手にしているのがジェラートだ。 イタリアのデザートというと、ティラミス、パンナコッタなどが有名だが、 最も手軽な庶民のデザートといえば、なんといっても「ジェラート」だ。 季節に関係なく、ジェラテリアは一年じゅう繁盛している。 どの店もコーンを高く積み上げ、芸術センスを競い合っている。
「ジャンドゥーヤ」とはトリノ名物のチョコレートだ。
これはカカオにこの地方特産のヘーゼルナッツを練り込んだもので、 高価なカカオが少量で済むように混ぜたのがはじまりだとか…。
ジャンドゥーヤ味のジェラートが、トリノではいちばん人気があるそうだ。 チョコレートは、たいてい小さい三角屋根のかたちで、 金色の紙に丁寧に包まれている。
<喜多川リュウ> 20代の頃より、オーストラリア、北米、ヨーロッパを放浪する。 大卒後、旅行代理店、旅行手配会社現地駐在員、政府観光局広報担当官、欧州系 航空会社に勤務。現在は、クルーズ船のレポーターとして、7つの海を渡り歩いてい る。「海外パックツアーをVIP旅行に変える78の秘訣(実業之日本社)」好評発売中