VOL.007



(↑写真は明治建設期の日本橋)

橋の長さは42間、「お江戸日本橋は七ツだち」と歌われた日本橋は日本3大名橋の一つである。東京のど真ん中、日本全国への距離を示す里程元票はこの日本橋にあり、五街道の基点でもある。江戸開府以来、400年余の歴史を誇る。
現在の石橋は明治44年(1911年)に建てられた。日露戦争に勝利し、欧米列強に比肩できる、と国民の意気が上がっていた時代、「近代日本の帝都にふさわしい威厳と景観」を、という当時の意欲を感じさせる名橋で、1999年、国の重要文化財に指定された。
しかし現在はこの日本橋の真上を首都高速が覆いかぶさり、橋の景観を妨げている。
1964年の東京オリンピックに向け、首都高速道路の建設を急ぎ、地権処理の必要がない日本橋川に橋桁を建て、日本橋の真上を高速道路が走った。
それが今になって高速道路を移設して日本橋の景観を取り戻そう、という議論が提起された。小泉純一郎が首相のとき、高速道路を取り払って日本橋の景観を取り戻せと言った。
反対したのが石原慎太郎都知事。実際に高速道路を地下に埋めるとなると数千億円という巨額の金がかかる。今の日本にそんなカネはない。この景観論争、都市と文明を考える哲学的な意味を含んでいるように思う。
確かに戦後の日本、取り分け1960年代の高度経済成長期、経済効率が最大の価値観で、川を埋め、首都高速道路をつくった。行け行けどんどんの時代、「景観を損ねる」なんて批判はまるでなかった。
かくしてお江戸の中心、歴史的な景観は巨大なコンクリートの塊と騒音と排気ガスに沈んだ。
さて、歴史的景観を取り戻そう、という発想は正論なのか、とてつもないことなのか。ぼくは小樽運河を埋め立てる論争を思い出す。
当時、知事は横路さん(現衆議院副議長)だった。数年前、新聞社のOB会があって、札幌へ行った時、久しぶりに小樽へ行ってみた。激しい論争と市民運動の高まりでようやく残った運河地域が見事再生して、観光客で賑わっているのを見て嬉しかった。
ロサンゼルスでも古都・パサデナのオールド・タウンの再開発が成功した。麻薬と犯罪の巣窟として取り残され荒廃した古いビル街を新たなエンターテイメントの拠点として蘇らせ、大いに賑わっている。
日本橋景観論争も「財政問題」だけで議論すれば確かにカネがかかりすぎる暴論と思えるかもしれないが、日本の将来を考えた場合の首都の顔をどうするのか、はわれわれ日本人みんなの根源的な問いかけではないかと考えている。
ぼくは人工都市・ロサンゼルスに27年も住んだ。広大な地域に縦横にフリーウエイが走って自動車を利用するととても便利で効率的に移動できる都市だが、人がゆっくり散歩できるような町の生活感が全くないのが致命的だ。
4月8日、石原慎太郎の都政はもう、ゴメンだと投票所に足を運んだが、結果はご存知のとおり浅野史郎の票は伸び悩み、慎太郎の圧勝。これでいいのかな、日本の首都の顔は・・・。


北岡和義プロフィール
1941年岐阜県生まれ。64年南山大学卒。読売新聞記者。70年衆議院議員公設第一秘書。
74年、フリージャーナリスト。79年渡米。JATV会長。日本大学国際関係学部非常勤講師。
在外投票違憲訴訟原告団副団長。
著書に『13人目の目撃者』、『ドキュメント選挙戦』、『べらんめえ委員長』など。